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2007.11.10

DEVstars Reunion@ジャカルタ

大学院を修了して(修論を提出して)ちょうど1年がたつ頃、
インドネシアの友人から、11月に結婚式を挙げる旨のメールが。
折しも、11月第1週は4連休。しかも申請締め切り明けで、ちょうど仕事も一段落つくころ。
ベトナム、マレーシア、南アフリカ、中国等々に散らばって活躍中の友人も集まると聞いて、
隣国ティモールから参加しないわけにはいかない、とふたつ返事で出席を決めた。

sanur連休初日は、バリで骨休め
日本からバリ経由でジャカルタ入りする
友人に合流するべく、サヌールへ。
締め切り前で忙しかったのを言い訳に、
エリアの選定も、ホテル予約も
全部、友人におまかせ。
さらに結婚式で着る服が無い。。
という問題も、彼女に託すことで解決。
1年以上ぶりに再開する友人が
天使のように見えたのは、言うまでもない。

sanur_poolsideサヌールは、日本でいえば熱海。。?
通りに出てみても、人影まばらなビーチも
どことなく寂れた雰囲気で、活気がない。
心なしか、道行く人々も、ちょっと年齢層高め。
(と自分も思われていたりして。。汗)

特に用事もないので、街歩きは早々に切り上げ
お決まりのスパに駆け込むことに。
身も心もすっきり・さっぱりしたあと
パダン料理で早め&軽めの夕食。
近所のネットカフェで久々のブロードバンドに
感動しながらメールを片付けたら
眠くなるまで、ホテルのバーでまったり。
波音を聴きながら飲むお酒は、やっぱり美味。

翌朝、ビーチを散策してから、ホテルのスパでマニキュア&ペディキュアを。嗚呼極楽。
久々の石釜焼きピザでランチを済ませたら、午後遅い便の友人と別れ、一足先に空港へ。

JKT_eveningジャカルタとバリには、1時間の時差がある。
初めて降り立ったジャカルタは、
今にも雨粒がおちてきそうなグレーの空。
タクシーに乗り空港を離れたるやいなや
渋滞に巻き込まれ、窓から見えるのは車の波ばかり。

新郎である友人が手配してくれたホテルまでは、
本来なら1時間もかからない距離のはずが
2時間近くが経過しても、まだ車の中。
はてこのどんよりとした空の色は、
濃縮ぎみの排気ガスのせいじゃなかろうか、と
皮肉のひとつも言いたくなる。

私見だが、アジアの新興発展国において、バス以外の公共交通機関の発達度合いは
その国の経済成長度と比例する気がする。かつて渋滞が名物として罷り通っていたバンコクも
BTSに地下鉄と、車依存の低減化と並行して近代大都市としての体裁を整えていった気がする。
マレーシアのクアラルンプールしかり。
雑然とした生活感が失われて町としての面白みが薄れる、というリスクもあるけれど
毎日、車の中で数時間を過ごすのとどちらがいいかは、国民が決めることだろう。

やっとのことでホテルについたら、先入りした友人たちは皆出かけている様子。
私もティモール人の同僚に頼まれていたあれこれを調達するため、再びタクシーに乗り込み
近くのショッピングモールへ。渋滞はいよいよひどくなり、近くのモールにいたのに
すれ違いとなってしまった友人らからも、もう1時間ちかく車の中だ、とSMSで愚痴が届く始末。

携帯電話やら電子辞書やらの戦利品とともにホテル戻ったところで、やっと懐かしい顔と対面。
部屋で再開の盃を交わした後、新郎友人おすすめの洒落たインドネシア料理屋に繰り出す。
Norwichを出たのが2006年9月3日だから14ヶ月ぶりの再会となるのだけど
その割には誰も何も変わっていなくて、いや1年ちょっとじゃ物事も人もそう変わるものではなく
唯一の変化は、明日、新郎になる友人だけだ、と思いながらビンタンをぐびぐび。

++
sleeping_ladies多民族が共存する島嶼国家インドネシアでは
隣り合う島同士でも、文化や風俗、
さらに宗教も異なることは珍しくない。

人口の9割がイスラム教徒であるこの国で
友人が属するバタック族の人々は、
キリスト教を信仰する、いわばマイノリティ。
もちろん結婚式も教会で行われるのだが
集ってくる人々のほとんどが、そして花嫁も
洋装のドレスではなく、バタック式礼装というのが面白い。
部外者の我々も、バタック文化に敬意を表し、
伝統織物をショール状に肩にかけて参列。

しかし予想に反して(?)、ちびっこ歌手だった新郎が自作の曲で花嫁を迎えた以外は、
少々拍子抜けするくらい、いたって正統派な結婚式・・・と思ったわれわれが甘かった。
そのあと会場を移して行われた披露宴は、圧巻。口あんぐりの異文化経験の連続だった。

wedding boardsまず入口には、何国的色彩も鮮やかな
ウェディングボードが所狭しと並ぶ。

子どものころは歌手として活躍し、
高校、大学を最優秀成績で卒業。
27歳にしてセキュリティ会社の経営者で
地元紙にも頻繁に寄稿する、さすが
「若くして成功」を絵にかいたような
友人らしい華やかさ。

crowds中に入ってみると、
何百人いるんだって人・人・人。
(写真は会場の半分のみ。実際はこの倍)

聞くと、バタック族は、近隣の同族みなを
結婚式に招く習慣があるらしく、今日も
ジャカルタ中から集まっているのだとか。
いずれにせよ、こんな大規模の結婚式に
出席するのは、きっと最初で最後だと思う。

続いては、歌と踊りの無限ループ。
生バンドによる陽気な音楽が鳴り響くなか、数十人のグループごとに列になって踊りながら
新郎側/新婦側の親族に、祝いの品を捧げる、というのがえんえんと続く。

offering danceoffering dance2

はじめのうちは、パパママおじさんおばさんたちのちょこまかした動きが可愛らしくて
我々も踊りをまねたりしていたものの、2時間、3時間が過ぎても全く終わる気配がなく。。
さすがに1000人近い出席者全部には付き合っていられないと、途中でビールタイムに突入。

queue

踊りの波がひと段落したところで、新婦の両親から新郎新婦へと、布をかける儀式が行われる。
察するに、2人がひとつの布にくるまれるこの儀式を経て、晴れて夫婦となるのではないかと。
涙ぐむ母娘の姿に、こちらもつい涙腺がゆるんでしまったりして、、。

しかーし。長かったお式も、これえいよいよ感動のクライマックスを迎えるかと思いきや、
今度はこの布掛け祭りがまた延々と続くのだった。。まだまだ先は長い。

朝9時から始まった披露宴も、気づけば夕方5時過ぎ。ひぃー。
暇つぶしのネタも尽きて来たので、同じ敷地内のホールを覗きに行ってみると
こちらは全く違う衣装、舞台装置での結婚式が執り行われていた。さすが多民族国家。
でも入口の脇で子供たちが跳ねまわっていたところをみると、
披露宴が長時間に及ぶことだけは共通項なのかも。

6時をまわったところで、幹事を務める新郎の親友から「もう帰ってもいいよ」とのお許しが。
最後まで見届けたい気持ちもあったけれど、特にイベントが残っている様子もなかったので
全員一致で、ホテルに戻ることにした。

部屋に戻った頃にはみんなぐったり。呑みに繰り出すどころか、しばしうたたね。。。
なんとか起き上がり、近くのローカル飯で適当に夕飯を済ませて、部屋で1杯だけビール。
お気楽ゲストの我々でこの疲れ方なのだから、事前の準備もろもろにはじまり
朝8時から夜まで丸一日の婚礼を終えた夫婦の疲労困憊ぶりたるや、
我々の比ではないのだろう、と全員で新郎新婦にリスペクト。
疲れたけれど楽しい異文化体験だったし、おかげでみんなにも会えたしね。

しかし、次はどの国で誰が結婚するかね。。という話題になったとたん、
みんな他人にばかりネタを振るのは、晩婚(または未婚)が多い、開発ワーカーの哀しさか。。

DEVstars_reunion←DEVstars集合。
写真を撮ったのは披露宴開始直前で、
まだみんな元気いっぱいだった。
まさかこの後、8時間以上にもわたって
婚礼が続くとはつゆ知らず。。 
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